ドイツでの運転免許取得記録


 1975年ドイツ滞在中に妻が運転免許試験を取ることにしました。 長男が生まれて1ヶ月後くらいだったと思います。 長男を寝かしつけてその間に教習に行くという強行作戦でした。

 20年以上前のことを記憶をたどって記してみます。 日本との違い、考えさせられる面も多いと思います。 記憶違いや忘れたこともあると思いますが、その点は大目にみてください。


自動車学校
 日本と異なる 教習コースは持っていない。 先生の個人営業。 教習車と小さな教室を持っているだけ。 教習車は教習に使うときにはマグネットで「何々自動車教習所」とペタッと貼りつけて使用。 先生は買い物も家族との旅行にもその車を使う。
 教習車には助手席に ペダルが3つとも付いている。

初日
 前の教習生が運転して、うちの前まで迎えに来てくれる。 先生は助手席に、妻は運転席に、今運転してきた教習生は後部座席に。 そして家の前から門まで一気にバックで出ていってしまった。 1時間少々後、次の教習生が運転した教習車で妻は帰宅。 運転免許証をもうもらっている。 ただし、試験官のサインだけはまだない。 これが日本の仮免許相当になるようだ。

「どうだった?」「Ravensburgへ行くあの道にいったのよ、あの広い道に出たらばスピードを出せって言われて・・・ 100Km/hくらいで走った」   とのこと
本人は「絶対自分は運転しなかった、先生が全部やってくれた」  と言うのだが ・ ・ ・ 。

次の教習
 迎えに来た先生に質すと
      「ここを出るときのバック以外は奥さん全部自分でやりましたよ」
とのこと。 クラッチあわせなどは先生がしてハンドル操作だけ本人が全部していたのだ。
      「とにかく初日は車に慣れる事、広い道で普通に走って慣れさせないといけない・・
       細かいことはあとからできるから」
先生が全部やってくれたと錯覚していただけ、実は自分で運転していたのでした。

学科
 教科書と練習問題集をもらって、「言葉が難しいかもしれないから学科教習に来るよりも、ご主人と一緒に勉強したほうがいいでしょう」 とのこと。 結局教室には一回も行かなかった。

 優先権順位のこと、ヘッドライトは何のために点けるか(他の交通参加者に自分の存在を見てもらうため)などなど、私も一緒になって勉強をした。 これが無かったらばドイツの法規を理解しないままになっていたであろう。

その後の教習
 けっこう順調に進んだとはいえ、皆が苦労する縦列駐車などリクエストしてわざわざ練習してもらった。 だが、そのような時に限って難なく駐車できてしまったりする。 自分の後の教習生が図体の大きな男なのに、気が小さくてビクビクしながら運転しておかしかったとか。 一生に3回しか受験できないということは気の小さい人にはかなり負担なのであろう。
 バックがうまく行かないというので、家でおもちゃの自動車を使い ハンドルを回すと前輪がこう曲がるから車の頭がこっちに振れて、だから後ろがこっちを向くだろ ・ ・ ・ などとやったのを覚えている。
 その他にもいろいろなことが有ったが省略。

学科試験
 卒業試験の前に学科試験に合格しておいてください、と言われて申し込む。 会場は車検を行うところだったと記憶している。 当日は先生が何人かの教習生を乗せて会場まで送ってくれた。
といっても町の郊外15分くらいのところである。 問題無く一回で合格、ここいら辺は日本の受験で慣らされているから向こうの人よりはがぜん強いのである。 

卒業前の救急法の講習
 免許を取る者の義務になっている。
町の赤十字社で講習を受けてこなければならない。 難しいことはない。

卒業検定
 そろそろ試験を受けても良いと言われて日取りを予約した。 当日は 役所から来る試験官が後部座席に、先生が助手席に着座、もちろん町の中を走行しての試験である。 助手席のペダルにはすべて真っ白なティッシュ-が巻きつけてある。 先生がこれを踏むことになれば、即落第である。 どうせ1回目はだめ、と決めて掛かっていた妻は、そのリラックス加減が効を奏したのか、試験が終わったらば、試験官が免許証にサインを入れて
   「おめでとう、はい、これで運転しても良いです」  と言って手渡してくれた。 即その免許証は有効なのだ。

 当時の学科の教科書と問題集が見つからないのが残念である。 見つけ次第抜粋をUpしたいと思っている。


ドイツの運転免許制度の欠点
   終身免許で書き換えがない。 結果的には仮に全盲になっても自分から申告しな
   い限り免許証を持ちつづけることができる。
   自分にとってはヨーロッパに行くときに国際免許を取りに行かなくて済むので助か
   るのだが ・ ・ 。

ドイツの運転免許試験制度の良いところ
   時間を無駄にせずに教習が受けられる。 これは最大のメリットであろう。

 最初から道路で実質的な教習が受けられる(日本も現在はかなり良くなっているが) 妻の例でも学科教習に時間数出たか否かではなく、理解していれば良いそして試験に受かれば良いという制度。
  居眠りしていても時間数出ていれば良いという制度は何のため?

 3回落ちると一生免許を手にすることはできない。 この程度の試験に3回も真剣に挑んで受からないのは適性が無いと判断される。
 誰でも彼でも結局は免許証を手にしてしまう日本の制度は見直す必要がある。
私は、免許を取ったと聞くと 「普通免許で何が運転できる?」 と質問する。
過去に2名が 「すべての自動車」 と答えた。
理解することがなくても試験に通ってしまうのである。

このような教習と試験の方法では、立法の精神や交通法規が成り立つ原理にまで考えを及ばせて理解させる ということは到底望むことはできない。 この点をまともにするには教育改革から始めなければならないであろう。

その他
   自動車学校の先生の資格については残念ながら調べてこなかった。
   しかし、単に技能を要求されるだけでなく人間としての資質を問われるようである。
   かなりの紳士でなければならないということだ。
   詳しくは判らないが聞くところによると、妻が習ったNitsche(ニーチェ)氏はその後、
   教習生に何らかの暴言を吐いたことが原因で指導員免許を剥奪された、とのこと。

   ついでであるが、ドイツのタクシーの運転免許は、日本の二種免許のような難関ではないよう
   である。 技能よりも人を見る試験だと聞いている。


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